DE001::ドイツ到着。辞令は突然に、旅は慌ただしく。

ドイツ編

辞令はある日、唐突にやってきた。なんの前触れもなく、まるで机の上の紙が風でひらりと舞い降りてきたように。「ドイツへ行ってください」って、そんなサラッと!? 書類一枚で人生ごと移動かい。

とにもかくにも、準備期間はほぼゼロ。出発まであっという間。
それでも当時は、ビザを事前に取らなくても入国できた時代だったから、こういう突発的な展開も“なんとかなる”のが不思議だった。ある意味、運命に背中を押されるようにして飛行機に乗り込んだ。

ヨーロッパは初めて。フランスとドイツの国境なんて、地図を見てもピンと来ないまま。地続きの感覚なんて持ち合わせていない日本育ちとしては、すべてが未知。

機体がドイツの地に降り立つと、そこは初夏。空が驚くほど青く、風は清々しい。
……ただし、入国審査官の表情は真冬並みに冷え切っていた。
パスポートを無言でパチンと返され、税関もスッと通過。無事に入国はできたものの、「これがヨーロッパ流のウェルカムか」と若干の戸惑い。

空港を出た瞬間に感じた、あの独特のにおい。機械油とパンと何かの香水が入り混じったような、妙に記憶に残る空気。それは今でも、ふいに蘇る。

前任者と空港で合流し、即アウトバーンへ。いきなり飛ばす飛ばす。助手席で「あれ、これって高速?」と口にする前に、周囲の車はすでにこっちの倍速。自分の常識が、アウトバーンの入り口で置き去りにされた感じだった。

そのまま会社へ直行し、事務所で簡単な挨拶。頭が空港の匂いと車のスピードで混乱していたけれど、なんとか笑顔を作って乗り切った。その後、ホテルにチェックイン。一息つく間もなく、必要最低限の買い出しへ。

スーパーに並ぶチーズ、ハム、パン。見慣れないパッケージの数々に胸は躍る……はずだった。
けれど実際の私は、ほとんど手を伸ばせなかった。なんとなく日本でも見たことがあるような商品だけをカゴに入れる。「知らないものを避ける」という自分の癖が、海外でも健在だと気づかされる初日だった。

そして、その夜。ホテルのベッドに横になったとき、不意に胸に込み上げてきたのは、出発のドタバタで家族に引越しや荷造りのほとんどを任せきりにしてしまったことへの後悔だった。

「あれも頼みっぱなしだったな」
「もっとちゃんと話しておけばよかったかもしれないな」
そんな思いが、時差ボケの頭にゆっくりと降りてきた。

気づけば海外赴任の第一日目は、期待と不安、そしてちょっとした自責の念が入り混じった、実に人間らしいスタートとなった。

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