DE018:「ドイツ人は日本人と似ている」という妄想

ドイツ編

※あくまで個人的な意見です

日本人は、何かと人や文化をグループ化するのが好きだ。
その代表例が、「ドイツ人と日本人はよく似ている」という言説だろう。

もちろん、どの国にも多様性はある。
それを前提としたうえで、あえて一般化するなら、
仕事の「結果」だけを見ると、確かに似ている部分はある。

ドイツ人も日本人も、
与えられた仕事を真面目に、最後までやり切っているように見える。

ただし――
そこだけを切り取って「似ている」と言うのは、無理がある。

国の成り立ちも、
大陸国家と島国という地理的条件も、
歴史的背景も、社会構造も、まったく違う。

同じ結果にたどり着いているように見えても、
そこに至るまでの思考、判断、意思決定のプロセスは別物だと思う。

日本人は「空気」を、日本社会は「迷惑」を重視する

日本人は幼い頃から、
「周りに迷惑をかけないこと」を強く教育される。

言われたことは、理屈を超えて最後までやり遂げる。
途中で投げ出さないことが責任であり、美徳だとされる。

できるかどうかよりも、
「引き受けた以上、やり切る」ことが重視される社会だ。

ドイツ人は「ルール」と「責任」を重視する

一方でドイツ人は、極めてルール重視だ。

与えられた業務に対して、
自分が達成可能かどうかを冷静に判断する。
そして「できる」と判断した場合にのみ引き受ける。

一度引き受けた仕事は、必ずやり遂げる。
ここまでは日本人と似ているように見える。

だが決定的に違うのは、
達成不可能だと判断した仕事は、最初から絶対に引き受けない点だ。

できない仕事を引き受けてしまうことのほうが、
社会的責任として重い――
彼らはそう考えているのではないだろうか?

これは、きわめて合理的だと思う。

似ているようで、まったく違う

日本人は「空気」を読む。
ドイツ人は「責任」を引き受ける。

この違いを理解せずに、
「ドイツ人と日本人は似ている」と言ってしまうと、
仕事の現場では簡単にすれ違う。

結果だけを見れば似ている。
だが、そこに至るまでの思想は、まったく違う。

その違いを認識できるかどうかが、
ドイツと仕事をするうえでの、ひとつの分かれ目なのだと思う。

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