ドイツで働いていた頃、毎週やって来る“お約束の時間”があった。従業員代表制に基づく、Betriebsratとの会合である。こちらは管理側でありながら、毎週、従業員に囲まれて職場の問題について説明し、質問に答える。議題は労働時間や休憩、シフト、評価制度といった人事政策だけでなく、机の角が尖っている、コーヒーマシンの位置が遠い、といった細かなものまで多岐にわたる。もちろん、会議は“対等に話し合う”という建前で進むが、議事録は法的にも意味を持つため、うっかり失言でもすれば大ごとになる。そんな緊張感のある会議を、毎週、必ず一度は経験しなければならなかった。
さらに厄介なのは、議事内容を本社へ報告しなければならない点だ。その報告書を送ると、役員から「こんなことで会議をしているのか?」とご立腹の返信が届くこともあった。しかし法律上は会議を開かないわけにはいかない。現場の従業員からは追及され、本社からは厳しい指摘が入り、まさにホットサンドの具のように板挟みになる日々だった。
賃金に関する交渉も、当時は大きなストレスに感じていた。条件、額、支払い方法、周辺手当まで細かく詰めなければならず、昼から始めた会議が夜まで続くことも珍しくない。まさに“戦い”のようだった。しかし今になって振り返ると、要求は無茶ではなく、むしろ現実的で筋が通っていたように思う。制度があり、手順があり、役割が明確で、お互いに「何を求め、どこまで責任を負うのか」がはっきりしていた。ある意味で、とても健全な議論だった。
一方、日本に戻ってきて感じるのは、日本の職場の方がはるかにストレスが強いということである。日本では、他人の課題と自分の課題の境界線が曖昧で、人は平気でその線を越えてくる。「なぜあなたは○○しないのか」「ついでに△△もお願い」「□□もやっておいた方が良いのでは」など、気づくと自分の仕事が雪だるま式に膨れ上がっていく。役割が曖昧だから、人間関係も曖昧になり、ストレスは濃密になる。
それに比べてドイツは、当時は苦労したとはいえ、制度はシンプルで線引きが明確だった。あなたの仕事、私の仕事、組合の仕事、経営の仕事と、責任の区分がはっきりしていた。だからこそ、交渉は激しくても、筋が通っていた。ドイツにいた頃は「毎週の会議、面倒だな」と思っていたが、今になって思う。あれはあれで、とても“成熟したストレス”だったのだと。今の日本の方がよほど複雑で、心理的には疲れやすい。
当時は板挟みで大変だったが、今振り返ると、ドイツの代表制の中で揉まれた経験は、大いに意味があった。制度の中で責任を果たし、議論し、決着をつける。そんな当たり前のプロセスが、実はとても贅沢で貴重な環境だったのだと、今になってしみじみ思うのである。


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